63号 2015年10月発行

〈1面〉

民主主義の力で独裁をやめさせよう!    

                                                                                   

  「強行採決によって法案は国会を通過しました。しかし、国会前をはじめ、全国であらゆる層の人々が立ち上がり、空前の運動に盛り上がりました。なかでも、今まで政治に関心が薄いとされていた若いママによる「ママの会」や、ノンポリと言われる学生たちによる「シールズ」が結成され、自分の言葉で語る姿が注目を集めました。 その中の一人、関西大学の寺田ともかさん(二一)のスピーチを紹介します。
 「今日私はほんとうに腹がたってここに来ました。国民の過半数が反対している中で、法案を無理やり通したという事実は限りもなく独裁です。だけど私、今ここで本当に希望を感じています。大阪駅がこんなに人で埋め尽くされているのを見るのははじめてです。この国が独裁を許すのか、民主主義を守り抜くのかは、私たちの声にかかっています。先日安倍首相はインターネット番組の中でこう言っていました。『ケンカが強い友達がいきなり不良に殴られたとき、一緒に反撃するのは当たり前ですよね』って。このたとえを用いるのであれば、その続きはどうなるでしょう。友達が殴りかかられたからと一緒に反撃をすれば、もっと多くの仲間をつれて攻撃してくるでしょう。そして暴力の連鎖が生まれ、不必要に周りを巻き込み、関係ない人たちまで命を落とすことになります。なぜ彼らが不良にならなければならなかったのか、そしてなぜ友達に殴りかかるまねをしたのか、その背景を考えずに戦争をするのではなく、背景を考え、手を差し伸べるのがこの国の役割です。この法案を支持する人たちや政府の言うとおり、テロリストたち恐ろしい集団です。しかし彼らは生まれつきテロリストだったわけではありません。なぜ彼らがテロリストになってしまったのか、その原因と責任は国際社会にもあります。九・一一で多くの国民の民の命が奪われたからといって、アメリカはその後、正義の名の下に一三〇万人もの人の命を奪いました。残酷なのはテロリストだけではありません。
 『日本は守ってもらってばかりではいけない、戦う勇気をもたなければならないのだ』と安倍さんは言いました。だけど私は自衛隊員に海外で人を殺させる勇気などありません。かけがえのない自衛隊員の命を失わせることを認めるほど私は心臓が強くありません。私には戦争で奪った命を元に戻すことはできない。空爆で破壊された町を立て直す力もない。日本の企業がつくった武器で子どもが傷ついても、その子たちの未来に私は責任を負えない。大切な家族を奪われた悲しみを、これっぽっちも癒やせない。自分が責任を取れないことを、あの首相のように『絶対安全』とか言ってごまかすことはできません。安倍首相、二度と戦争をしないと誓ったこの国の国民は、あなたの独裁を認めはしない。国民主権も、基本的人権の尊重も平和主義も守れないようなあなたは、もはやこの国の総理大臣ではありません。民主主義がここにこうやって生きている限り、私たちはあなたを権力の座から引きずり下ろす権利があります。力があります。」

〈2〜3面〉

 戦争法廃案に向けて地域九条の会が続々誕生!

この国の礎 日本国憲法    佐藤光折(北町在住 19歳)

 私はまだ19歳の若者なので 、世間を熟知していませんが、今渦中の「戦争法」に対して断固、反対の意志を表明します。この法は今の日本という国が成り立つために築かれた過去の遺産を食い潰すものだと思うためです。
 私達は表現の自由を享受して、自由に物申せたり、国会周辺で抗議の気持を表せます。丁度90年前の1925年悪名高き治安維持法が成立し、国民を暴圧しました。国体護持のためと銘打っておきながら、政府、軍部への服従を強制して、日本が十五年戦争という恐ろしい道へ進む一因となりました。日本が敗戦を迎えて二度と国民を抑圧する政治はしたくない想いが結実して、民主主義と国民主権、そして不戦を立てた日本国憲法が成立しました。でも今の一内閣による横暴な政治で戦後70年築いてきた想いを破壊しようとする動きがあります。私が納得し難いのは安倍首相は「民意で選択したこと」と主張しながら、国民の大半は政策に反対しているのに、強引に推進しようとしていることです。国民は選挙という民主的プロセスで政治を担う人を選択します。更に、政治家が誤った道に進みそうな時、
抗議の意志を表し訴える権利もあるのです。その権利を行使する事が、民主主義を健全にして、権力者の暴走を抑圧するものと考えます。
 また戦後70年という節目の年で、過去の戦争への関心が高まりました。私も被爆者、戦争体験者の辛い体験を拝聴してきました。戦争体験者は皆「戦争はだめだ」と口にします。戦争のために社会、家族友人、自らの人生が裂かれ暗雲が差す事を痛感しているのです。これらの貴重な体験談が日本を誤まった道に進ませないための財産として活かせるように、私も胸に深く刻みます。
                               (練馬区北町在住  東京高校生平和ゼミナール卒業生)

不満や怒りをこぼしながら      石井真智子(貫井九条の会)

 「たまにはお茶を飲みながら話しましょう」杉浦さんの呼びかけに顔を合わせた3人。日常のあれこれに話がおよび、気持ちが解放された時間を楽しんだ。「これからもこんな時間を是非」と第1回を踏みだして10年あまりになる。
 仲間を拡げるのは難しく、数人の会がしばらく続き今もって大きなことはできない弱小グループだけれど健在だ。折しも教育界本法改正前の時、憤りの収まらなかった三浦朱門の発言「できん者はできんままでいい、できる者は100人に一人で…。」今日一句者の名に値しない者が行政の中枢でうそぶいている。私たちは以来、何回か本や新聞切り抜きコピーで教育問題を勉強した。学校選択制、学校五日制、小中一貫校、教育特区、ゆとり教育等々、現場の教師の悩みや子どもの実態を勘案することなく、真剣な話し合いも見られないまま、思いつきのようなことが、あれよあれよと。多数を頼み、「何でもできる」の傲慢は今に始まったことではない。
 マイケル・ムーア の「シッコ」「華氏911」の映画を見たりもし、国民皆保険のありがたさをかみしめたことも。
 自民党の憲法草案に触れ、コスタリカの憲法、カナリア諸島の公園にスペイン語で日本国憲法があることも知った。日本では原発の売り込み、武器輸出解禁、集団的自衛権に突っ走る。閣議決定も安保法案の可決も憲法違反だ。嘘っぱちやはぐらかしに始終した国会でのアベ政権の空疎な発言、昔、貧しい暮らしの中でまじめに誠実に生きようとしてきた日本が泣く。恥ずかしくて情けない。
 「標的の村」の映写、大内先生からの自衛隊の現状、水面下で深く進行している日米の戦略の話、はじめて部外に声をかけるデモや駅頭宣伝という経験も今年はできた。中村九条の会設立のお手伝いもした。
 世界で希有な日本国憲法、平和を希求する熱い思い、高く掲げた理想の灯を消してはならない。国民連合政府の実現を‼そのために貫井九条の会もできる形で頑張らなくちゃ!

 

「ねりまからアクションを」と  佐藤嘉代子(春日町九条の会)

 今年の5月中旬、「春日町地域にお住まいの、ねりま九条の会の皆様へ…地域の会のつどい」という「便りが「ねりま9条の会」から届きました。5月25日に安保法案が国会に提案され。戦後最悪の憲法危機の岐路に立ったとき、このお知らせは本当にタイムリーな者でした。
 5月26日に「つどい」は開かれ、参加者は少数でしたが、この時期、とにかく地域からアクションを起こさねば…と、参加者全員同じ思いで、「春日町九条の会」を立ち上げることになりました。6月他の九条の会にならって「日本の青空」の上映会を7月五日に行うことと12日に春日町から練馬までのパレードを計画しましたどちらも友好団体の支援のもと。予想を上回る参加者とカンパ、さらに新会員も複数迎え入れ元気をもらいました。
 のぼり旗も皆で意見を出し合い政策。8月30日の国会前大集会、9月1日のねりま集会、20日光が丘、27日田柄九条の会の呼びかけに応え、参加しました。
「その間、地元出身の区議と国会議員への要請行動を計画し、要請に行けない人は、カードに一筆思いを書いて参加者の托すことにしました。10日ほどで約150通集まり、9月11日、自民、公明、共産、民主、無所属、生活者ネットを訪問し要請。菅原、木内、小池議員には届けました。
 10月4日には、「日本の青空」を再上映。中学生が一人で来場。人数もカンパも前回を上回りました。上映後、有志の方々と懇談。「タイムリーな良い映画」「多くの人に観てもらいたい」との意見が多くでました。
 春日町九条の会は、10月9日の会議で、近隣の九条の会と連携しながら、新たな政治動向に呼応する活動を考えることにしています。

 

決して諦めない ー田柄九条の会発足にあたってー  宮崎敦子(田柄九条の会)

二〇一五年九月二七日、日曜日。私たち田柄九条の会が主催した百名近くの参加者によるパレードは、平和台から田柄の住宅街を進み、川越街道に達しました。途中、窓から、
あるいは路上で手を振ってくださる方もいて、秋空の下、何ともすがすがしい気分でした。
 田柄九条の会は、安保法制が衆議院で採決された直後の七月二〇日に発足しました。そして、八月の映画の上映会、九月のパレードの取り組みを行ってきましたが、振り返ってみる
と、不思議な気持ちです。「一体、こうした行動に取り組んだ私たちのエネルギーって何だろう?」。憲法を無視した安倍政権への怒り、もう居ても立っても居られない思いを、何とか示したい。政府の言う「憲法押し付け」には、憲法制定課程を描いた「日本の青空」を、安保法制成立直後には、平和パレードの実施を。また、それは、安保法制に怒りを持っている人がこんなにいますよと、隊列に入ないでいる人たちに発信する機会作りでした。
 こうした機会を通して、まだ孤立している人たちと共同を組むことによって、怒りを様々なアイデアに変えて、そこから新たな行動が生まれるのだと思います。
 戦後七〇年。世界にある一九六の国の中で、一度も戦争をしなかったのは、日本を含めてわずか七カ国。この「名誉ある地位」を、日本は棄てていいのでしょうか?
 安保法制の廃止を、決して諦めず、地域で、路上で、訴え、広めていきたいと思います。     


〈4面〉

防戦争法廃止2000万署名に取り組みます                                                                      

 国会包囲行動を主導した総がかり行動実行委員会が、
①2000万人署名を5月3日までに達成しよう
②選挙で野党を支援する
③毎月19日の国会包囲を成功させる
④違憲訴訟を支援する、などの方針を提起しました。
 ねりま9条の会はこの提起を受けて、区内の各団体に呼びかけて仮称「2000万署名練馬実行委員会」の発足を目指しています。国民の15パーセント、練馬では10万人を目標としています。
 2000万人署名は、この国を戦争する国にしてよいのか、日本の将来像を語る国民総対話となるでしょう。さらに過半数の人が明文改憲に反対するよう働きかけ、次の選挙で戦争法廃止の政権を産み出すことにつながります。ねりま9条の会員は1000人、一人ひとりが語り部となって、10人の語り部を養成し、その人が10人に署名を訴えれば達成します、決して不可能ではありません。10人に心を込めて戦争の愚かさ、平和の尊さを訴え、署名をお願いしましょう。

 

宗派・教団を越えて立ち上がった宗教者        藤井達郎〔日本基督教団東京教区教師〕
                
 地域の宗教者が宗派や教祖の違いを越えて戦争法案廃案を求める宣言や要請行動が出来ないだろうかと考えた矢先、ねりま九条の会・大柳武彦事務局長が、私とほぼ同様のことを考えていることを知り、二人は連帯共同することになった。
 そして区内の諸宗教の教師(僧侶・神職・神父・牧師など)に協力を呼びかけ、議論を経て、『安全保障関連法案に反対し、平和を愛する練馬区の宗教者による共同宣言ならびに要請』というタイトルで要請文が固まる。八月一七日、日本基督教団七名、天理教一名、真宗大谷派三名、浄土宗一名、カトリック二名、聖書キリスト教会一名、立正佼成会一名、計一六名の賛同教師を得て衆参両議院議長宛に提出。
 翌八月一八日から国会議員への直接訪問を開始。それぞれの宗教の袈裟やガウン・ストールを着用し、大柳さんも同行の上、第二回を八月二四日に、第三回を九月三日に行い、練馬区選出衆参議員ならびに参院「平和安全法制」特別委員会メンバーの議員を中心に六〇名あまりを三日かけて廻った。参院特別委員会には定数の四五名全て廻った。この練馬の宗教者たちの宗派・教団の違いを越えた取
り組みは訪ねた先々で驚かれた。
 そして、雨にも関わらず一五〇〇名が参集した九月一日の「戦争法NO!」では、我々の仲間である真宗大谷派順正寺・江口貫正住職は、他の登壇発言者とは一味違った、宗教者ならではのスピーチを行い大好評を得た。
 九月二日、日本基督教団東京教区主催の平和祈祷会の席上、説教壇から七五名の参加者に向けて、私が『練馬宗教者共同宣言ならびに要請』を紹介、東京教区エリア内の各地域ごとの取り組みの必要性をアピールした。
 また、九月一一日には、浄土宗仁寿院の荒井寿雄住職と藤井とで、練馬区長・区議会の自民公明の両幹事長、練馬選出の衆院議員・参院議員、以上五者に対して「平和安全法制をめぐる懇談会」の機会の設定を求める申し入れ書を提出してきた。後日、自民幹事長と区長からは「面談を受けるつもりなし」との文書返答があった。
 残念ながら法案は「成立」してしまったが、私たちは九月二四日付けで、改めて練馬宗教者による『共同声明』を出し、宗教者として全身全霊を掛けて戦争阻止に向けての決意を表明した次第である。

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